心を掴む宣伝術~チンドン屋の極意~
トザイ、トーザイ!
まかり出でましたる若輩者は、華のお江戸の大東京。
上野 浅草 下町を さらに外れた江戸川区…、からやって参りましたチンドン菊乃家と申します。
以後万端お見知りおきのほど、よろしくお願い申し上げます~! ドドン!
さて皆さんは、「チンドン屋」と聞いてどんなイメージをもたれるでしょうか?
「バーカ、カーバ、チンドン屋。
お前の母ちゃんデベソ!」
これは昭和30年~40年代、私が子供の頃しばしば口にした、東京の子供達の間では最も頻繁に使われた悪口です。
いや子供だけでは無く、大手デパートが「チンドン屋商法」と非難されたこともあります。
チンドン屋が、悪口の代名詞になるほどの否定的象徴と捉えられていたことは間違いありません。
しかもこの昭和30年~40年代こそ、チンドン屋が最も隆盛を極めていた時代です。
あれから半世紀…。
チンドン屋の減少に比例したのか、悪口に使われることも少なくなり、ここ数年は「懐かしい!」「頑張って!」と声をかけられることが多くなりました。
ノスタルジーと共に、チンドンの醸し出す「賑わいのイメージ」や「大らかさ」が見直されているように思います。
あるいは経済成長を底辺で支えたチンドン屋は、「元気な昭和」イメージとも重なるのかも知れません。
大勢の人々が行きかう街頭宣伝。
「こんにちは!」「おはよう!」見知らぬ者同士が声を掛け合った「かつての下町」他人との関わりが疎まれるようになってしまった現代の都会で、チンドン屋は人間関係の微かな温もりを醸し出しているのかも知れません。
派手な衣装で「宣伝」と言う明確な目的を持った存在だからこそ、街行く人々が不安を感じる事無く…。
雑踏の底で賑やかに働くチンドン屋は、宣伝ポスターに重ねて時代の寂しさや悲しさまでを背負っているようです。
そんな空気を反映してか、最近は若いメンバーが増えてきました。
昭和40年代に活躍されたチンドン屋の親方は、70歳をかなり超えて、殆どの方が現役を退かれました。
しかも私が知る限り60歳代の親方は一人もおりません。
昭和末期からチンドン業の衰退は著しく、20年以上続けている方は、ほんの一握り。
55歳の私はチンドンを始めて10年そこそこの駆け出し者ではありますが、年齢的には年寄組となりました。
構成メンバーが、ここ数年でガラッと変わり、営業から宣伝の仕方に至るまで良くも悪くも大きく変化しています。
「昭和のチンドン屋」に対して「平成のチンドン屋」と言えるかも知れません。
ともあれ復活の兆しさえ見えてきたチンドン屋。
過去の反省と経験の上に、より慎重にお客様の心をつかまなければならない、とあらためて強く思います。
良くも悪くも悪口の代名詞になるほど強烈なインパクトのある職業なのですから…。
今も昔も大勢の心を掴むチンドン屋。
その涙と笑いの宣伝術を、ここに一挙公開!
演奏動画の特典付きです!









